生命の星・地球博物館 辰砂のこと(小田原市)

 <本稿は加筆しました(2017/7/17)>

生命の星・地球博物館は、箱根登山鉄道入生田駅のすぐそばにあります。名前の通り展示の中心は、宇宙関連、鉱物、化石等です。 その展示品の中に、奈良県宇陀市原産の辰砂がありました。考古学で取り上げられることのある辰砂について取り上げたいと思います。

 

<画像の説明>生命の星・地球博物館外観


初期の大和朝廷と辰砂の関係は、多くの人が指摘されています。纏向遺跡の発掘により初期の大和政権(敢て邪馬台国とは言いません)が、飛鳥地方より勃興したことが確実視されるようになりました。なぜ大和が権力の中心になることができたのかの議論の中に、国産の辰砂が近郊で生産されたことが一因とされる有力な説があります。 因みに、赤色は幼児が最初に覚える重要な色と言われます。太陽に対する信仰の表れともいわれることもあります。日本民族のみならず、世界中の多くの民族が信仰の対象とする色です(*)。

<画像の説明>生命の星・地球博物館において展示されていた辰砂(奈良県宇陀地方産)

 

 日本では、弥生時代や古墳時代、水銀朱が、死者の埋葬に使われました。朱色を作り出し、定着させるために必要な辰砂ですが、古墳時代には、その多くを丹生鉱山(三重県)或いは宇陀の鉱山(大和水銀鉱山)から採掘されたと考えられています。紀伊半島から四国にかけて中央構造線に沿って水銀鉱床群があります。朱を取り出すために、辰砂鉱石を粉砕して精製しました。その精製技術は、当時、最先端のハイテク技術でした。 最近の硫黄と水銀の同位体分析で、大和で出土する古墳からこれらの鉱山から採取された水銀と同じ同位体比が検出され、これらの鉱山と大和朝廷の関係が裏付けられました。  邪馬台国大和説は、巻向遺跡の発見以来特に優勢になっています。しかし、北九州に比べて後進国だったヤマトの政権がなぜ日本の統一王朝を作ることができたのかと疑問を呈する人も多くいらっしゃいます。ヤマトが辰砂鉱山とその精製技術を確保していたことも要因の一つと考えられます。

 

(*) 近畿大学理工学部生命科学科 南武志氏の地学クラブ講演報告『遺跡出土朱の起源』によりますと、「古代に用いられた無機赤色顔料化合物に朱(硫化第2水銀)、ベンガラ(酸化第2鉄)、鉛丹(四三酸化鉛)の3種類があり、これらは厳密に区別されていない。更に遺体周辺には貴重な朱を用い、周囲の壁などは、ベンガラを使い分けすることがある。」とされます。 この研究からは、朱色に染められた平城京のような古代の建築は、‘朱’では無く、ベンガラと考えた方がよさそうです。古代において、辰砂⊆朱(朱が辰砂とは限らない)、辰砂が主に埋葬に使われたことは、朱色という色も重要ですが、遺体の保全に水銀が重要だと古代の人が考えていたことを認識させて戴きました。
 (本資料については、クルムとアルクの博物学の中山良氏よりご教授戴きました。)

 

 



追記:<画像の説明>

 

 生命の星・地球博物館のある箱根登山鉄道入生田駅は、三線軌道(軌条)が見られます。また、一寸遠く見づらいですが、三線軌道の分岐も見られます。この駅のすぐそばに、箱根登山鉄道の電車の操車場があります。この駅では、上り(小田原方面)は通常の狭軌の軌道のみですが、下り(箱根湯本方面)は、三線軌道です。
 小田急線は複線の狭軌、箱根登山鉄道線は、単線の標準軌です。入生田駅~箱根湯本間は両方が乗り入れしているため、このような面白い風景が見られます。

2017年07月17日