大仏寺(甘粛省)と東大寺大仏殿

 大仏寺は、甘粛省、張掖市にあります。当寺の説明資料によりますと、1098年に創建されました。西夏時代(1038-1227)の建築です。今回、この建築を取り上げたのは、この建物が日本で言いう大仏様建築だからです。

 奈良時代から平安時代の建築は、日本では和様建築と呼ばれています。飛鳥時代から平安時代の仏教建築が和様建築です。鎌倉時代に、禅宗様、大仏様が生まれ3様式が並列しました。鎌倉時代末期から室町時代には、それぞれの技術が交じり合い、折衷様が生まれました。

 もちろん、和様建築という名前は、禅宗様、大仏様が発生した後、生まれた歴史的な用語です。私の若いころは、禅宗様は唐様、大仏様は天竺様(和様は和様)と呼ばれていました。

 禅宗様は、日本人の心にヒットしたのか、鎌倉時代以降、多く残っています。また、禅宗様と和様の折衷様も多く残っています。徐々に、和様建築の細部に禅宗様が入っていきました。室町時代には、折衷様の建築が多いです(*)。

 以前扱った鑁阿寺も折衷様です。 
 ➡鑁阿寺にリンクします


 しかし、大仏様は東大寺の大仏殿以外あまり日本には残っていません。また、大仏様と和様との折衷様を、私はあまり知りません(無い訳ではありません)。大仏様は、他の様式に比べて、使用される材木の量が少なくて済み、大きな建物の建築には向いていると言われています。東大寺再建の大別当だった重源が大仏殿再建のために、中国の宋から技術を導入しました。建物の豪快さ、軒下のシンプルさは、大仏殿の様な大きな建物を建てるには適していましたが、日本人の感性には、あまりミートしなかったのではないでしょうか(**)。大仏殿は、高さ49m、間口57m(7間)です。


<画像の説明>東大寺大仏殿 江戸時代の再建ですが、大仏様は継承しています。

 

 中国には木造建築は少ないのですが、大仏様は割合見ることがあります。中国でも、大きい建物を建てるために必要な技術だったと思われますが、日本の様に森林の多くない中国では、材木の使用量が少なくて済むことが、魅力だったのではないでしょうか。

 大仏寺は、甘粛省にあります。建築当初は、迦葉如来寺と呼ばれたそうですが、内部に涅槃の大仏(塑像、全長34.5m)、が祀られているためこの名前があります。大仏殿の高さは、33mあります。西夏時代、最大の仏教建築です。

 

<画像の説明>画像右または下:大仏寺大仏殿 画像左または上:大仏寺蔵経閣

 

<画像の説明>画像左または下:東大寺大仏殿軒下 画像右または上:大仏寺軒下

(*)その他、折衷様の国宝建築としては、功山寺仏殿(山口県下関市)、鑁阿寺(栃木県足利氏)等が有名です。

(**)東大寺大仏殿以外では、東大寺法華堂 浄土寺浄土堂(兵庫県、東大寺播磨国別所)等が大仏様の技術を使用していますが、いずれにしても、大仏様の技術は、重源ゆかりの建築だけで使用されたようです。

2017年09月24日