円応寺(鎌倉市)

 円応寺では、木造閻魔王坐像・木造初江王坐像・木造倶生神坐像2躯の以上4躯が重文に指定されています。但し、木造初江王坐像・木造倶生神坐像は、鎌倉国宝館に寄託(*)されており当館で、常設展示されています。

 

<画像の説明>画像左又は下:円応寺入口 画像右または上:円応寺本堂


 木造閻魔王坐像は、像高190.5cm。1673年(寛文13年)に像の補修を行った際、胎内から文書が発見され、1250年(建長2年)の作で、1520年(永正17年)に修理が行われた旨の記述があったそうです。頭部のみが鎌倉時代の作です。像の表情が笑っているようにも見えるため「笑い閻魔」とも呼ばれます。「笑い閻魔」と呼ばれる由縁について次の伝承が残っています。

 

<画像の説明>画像左又は下:円応寺閻魔王 立て看板より
       画像右または上:木造初江王坐像(鎌倉国宝館図録より再録させて戴きました。)


 運慶が死んで地獄に落ちたが、閻魔大王に「生き返らせてやるから自分の像を作れ」といわれ、蘇生した。生き返った運慶が笑いながら彫ったため、閻魔像も笑っているような表情になった。このため、この閻魔像は笑い閻魔と呼ばれるようになった。

 木造初江王坐像、倶生神坐像は、写実的な表情、複雑な衣文表現には運慶派の特徴とともに宋風彫刻の影響が感じられる一品です。閻魔王、初江王は、十王の尊格のひとつです。倶生神坐像は、人が生まれた時からその両肩にいて、その人の善行悪行をすべて記録しているとされます。倶生神の坐像。阿形像・吽形像の2体からなります。

 

<画像の説明>画像左又は下:円応寺倶生神坐像開口
  画像右又は上:円応寺倶生神坐像閉口(両画像とも鎌倉国宝館図録より再録させて戴きました。)


 十王(じゅうおう)とは、道教や仏教で、地獄において亡者の審判を行う十尊の、いわゆる裁判官的な尊格です。人間を初めとするすべての衆生は、初七日 - 七七日(四十九日)及び百か日、一周忌、三回忌には、順次十王の裁きを受けることとなります。生前に十王を祀れば、死して後の罪を軽減してもらえるという信仰を「預修」或いは「逆修」と呼んでいます。十王は死者の罪の多寡に鑑み、地獄へ送ったり、六道への輪廻を司るなどの職掌を持つため、畏怖の対象となりました。日本では後に、七、十三、三十三回忌が追加され、十三仏と呼ばれるようになり、また、十三仏はそれぞれが、仏教の仏尊に割り当てられました。因みに、
 初江王 しょこうおう 釈迦如来 二七日(14日目)
 閻魔王 えんまおう 地蔵菩薩 五七日(35日目)
に割り当てられています。
 十王、十三仏思想は、関東地方では、民間宗教の一つとして大変盛んだったようです。十王、十三仏思想の盛隆は、地域的濃淡が大きいように思います。

(*)寄贈、寄託は、文化財の保管・展示等の管理を博物館へ委任することです。寄贈は所有権ごと博物館に移譲すること、寄託は所有権を留保する点に違いがあります。

2019年06月02日