清凉寺 (京都市) 人間_釈迦如来像

 清凉寺釈迦如来像は、釈迦生存中37歳の時にインドで造られた三国伝来(*1)生身の釈迦如来とされます。釈迦生前の生き姿を現したものとの伝説を持ちます。この像の特色は、縄に巻き付けたように大きく渦を巻く頭髪で、これはガンダーラ様式と言われます。如来の特徴と言われる螺髪がありません。また、袈裟は、両肩をつつみ、体に張り付く様に密着して、衣文線を同心円状とした流水文を表します。更に三段に重なった「すそ」も特徴の一つです。

<画像の説明>清凉寺釈迦如来像(清凉寺にて購入した絵葉書よをスキャンさせて戴きました。)
 

 本尊は、清凉寺の開基奝然(ちょうねん)により、当時の北宋より請来されました。日本に自生しない魏氏桜桃で作られています。この釈迦像の模刻像は、奈良・西大寺本尊像をはじめ、日本各地に100体近くあることが知られ、「清凉寺式釈迦像」と呼ばれています(*2)。

 仏教は、人間釈迦の教えで始まりました。しかしその後、釈迦は、歴史的人格性とか実在性を離れて、超歴史的・超人格的な存在になりました。つまり、釈迦は、人間として生まれ、苦しい修行によって、悟りを開いた如来に進化したとされました。釈迦如来像は、その様な悟りを開いた(解脱した)超人的な姿で表されます。

 では、解脱する前の人間_釈迦はどの様な像容であらわされるのでしょうか?その一つの解が、清凉寺の釈迦立像です。清凉寺仏は、螺髪(*3)を持つ如来像とは違い、頭はちぢれた髪を結う姿です。解脱する前の人間味を持った釈迦の姿です。


 解脱する前の苦行中の人間釈迦を表した像の例として、建長寺に祀られる釈迦苦行僧が例示されます。修行中の釈迦を表した像ですが、がりがりにやせ細っています。釈迦は、苦行を行いましたが、結果、苦行もやりすぎは良くない、中道(何事もほどほどが良い)が良いことを悟ったといわれています。苦行が無意味だと知ったことが仏教の出発点だという考えもありますが、この苦行があったからこそ中道に至ったのだとも言えます。

 

<画像の説明>画像下又は左:建長寺法堂(はっとう) 釈迦苦行僧
      画像上または右:円覚寺 宝冠釈迦如来像


 本像は、パキスタン北西部ガンダーラ文明の遺産 ラホール中央博物館に安置されている像をもとに製作され、2005年愛知万博に陳列されたのち、パキスタン国より建長寺に寄贈されました。

(*1)三国伝来は、インド - 中国 - 日本と伝来したことから呼ばれています。

(*2)清凉寺式釈迦像は、例えば、西大寺(奈良)、極楽寺(鎌倉)、称名寺(横浜)等に残ります。
(*3)螺髪は、悟りを開いた如来の特徴を表す三十二相八十種好の一つと言われ、如来となった釈迦 の象徴です。螺髪を持たない清凉寺釈迦如来像は、釈迦に生き写しとされ「生きているお釈迦様」と 呼ばれています。奝然が、北宋開封でこの釈迦如来像を模刻させ日本に請来しました。以前、扱いま した、宝冠釈迦如来像も人間釈迦像の一例と考えられます。

 

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2019年03月03日