東寺帝釈天(京都市)東博特別展時より

 東京国立博物館の東寺展では、通常は東寺講堂に祀られる帝釈天騎象像が展示され、しかも、撮影が許可されるとあって、多くの人を集めました。帝釈天は、仏像の中でもイケメンと評判で、特に女性ファンで盛況でした。

 当帝釈天と興福寺の阿修羅は現在の仏像人気を2分する好敵手です。阿修羅と帝釈天はインド神話の神様で、この2神は長い間戦争に明け暮れました。この2神の争いの場を修羅場(しゅらじょう)と言います。闘争戦乱の激しい場所を今も転じて修羅場(しゅらば)と言います。

 

<画像の説明>左または下:東寺帝釈天騎造像(東博展示会より)
       右または上:興福寺阿修羅像(興福寺中金堂落慶法要のポスターより)


 かつて、萩尾望都の『百億の昼と千億の夜』(*1)が少年チャンピオンに連載され、その果てしない戦闘ぶりが題材になりました。もちろん、そのどちらもイケメンに描かれていました。

 東寺講堂は立体曼荼羅(*2)と言われ密教でいう宇宙の真理を具体化したものですので、本来大日如来が中心です。帝釈天は、講堂に祀られる21体の仏様の1体に過ぎないのですが、今回の東博展では、帝釈天がメインゲストです。帝釈天は今や東寺像のイメージが強く、象に載っているものと思いがちですが、奈良時代、例えば東大寺三月堂の梵天や帝釈天はどちらも立像です。そのため、像に乗る帝釈天は、空海が請来した当時としては最新の図像だったと考えられています。

 

<画像の説明>左または下:東博東寺特別展のポスターより
       右または上:東寺帝釈天騎造像(東博展示会より)

 東寺帝釈天は、ヒノキ一木造、内刳を施しています。漆仕上げ箔を押して色彩しています。像は着甲、右手に金剛杵(*3)を持ちます。当帝釈天は修理が甚だしいので、現存の状況では、建造段階を推定するのは難しいとのことでした。イケメンの顔も後世の補作であるといわれるそうですが、ではイケメンの顔はいつの時代の顔なのでしょうか、これについてはわからない様です。

この像の評価を上げる要因のもう一つは、象の重量感、皮膚の質感が素晴らしい点だと思います。この像の作家は、象を見たことなかったと思いますが、見たこともない象をここまでリアルに表現できる技量に驚くばかりです。


 ところで、今回、東寺兜跋毘沙門天像が左手に新たな宝塔を乗せた形で展示されました。宝塔は仏舎利を収めるためのもので、毘沙門天像の特徴の一つですが、当像の宝塔は、1968年に盗難にあい、以降左手は、釘がむき出しになっていました。

(*1)今回念のために確認しましたが、萩尾望都の『百億の昼と千億の夜』は、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に1977年から1978年まで連載されました。

(*2)密教の曼荼羅は、金剛界曼荼羅、胎蔵界曼荼羅が有名です。一方、日本では阿弥陀浄土変相図のことも曼荼羅と言い、浄土三曼荼羅は、智光、清海そして當麻曼荼羅を言います。以前當麻寺を取り上げた際に、勘違いされていた方がいらっしゃいましたので、念のために取り上げました。

(*3)金剛杵は、古代インドの武器です。密教では、煩悩(ぼんのう)を打破するためのシンボル的な道具として用います。

 

<画像の説明>東寺兜跋毘沙門天像(新たに宝塔を奉戴)
       東博特別展において購入した絵葉書をスキャンさせて戴きました。

2019年09月01日