法隆寺金堂釈迦三尊像 素心伝心展より

 素心伝心は、東京芸術大学で行われた、クローン文化財の特別企画展です。文化財は「保存」と「公開」の両立が求められますが、「保存」と「公開」は矛盾します。つまり、「公開」すれば、文化財に劣化のもととなる光を多く当ててしまいますし、人間の呼吸による二酸化炭素の攻勢にも晒されますので、「保存」という観点では、明らかにマイナスです。
 そのため、クローンを作り公開すれば、本物の公開時の様な制限は設ける必要は少ないし、来館者が写真を撮ることも許可し易くなります。素心伝心プロジェクトでは、3D等のデジタル技術、材料の選定、更に伝統的な作成方法を組み合せて、文化財を再生しました。内容としては、法隆寺金堂釈迦三尊像、敦煌57窟、キジル石窟航海者窟等です。
 下記の画像は、法隆寺金堂釈迦三尊像ですが、素心伝心で展示されたクローンです。本物と比べてください。本物との違いお分かりになりますか?

 尚、今回の写真は、いずれも素心伝心展に同行したHP管理人の友人A氏に撮影戴きました。

 

<画像の説明>素心伝心で展示された法隆寺金堂釈迦三尊像のクローン                   

 

 本物の画像は、掲載できませんので下記を参照ください。

 ➡法隆寺釈迦三尊像にリンク


 私が若いころは、法隆寺の建立は、教科書で、607年(*1)、世界最古の木造建築と習いました。当時、既に若草伽藍は発見されていましたが、再建説・非再建説は決着していませんでした。今は、670年に焼失した後、再建されたものであることが定説になっています。金堂の再建が何時だったか、専門家の間でも未だ決着ついていませんが、大筋では7世紀末頃の建築と考えられいますので、世界最古の木造建築であることは間違いありません。

 金堂の内陣には中央に釈迦三尊像、東側には東方瑠璃光浄土の教主薬師如来像、西側には西方極楽浄土の教主の阿弥陀三尊像の通常の寺院では、一体のみでも本尊とされる3組の本尊が一堂に安置されています。釈迦如来三尊像は、7世紀の中頃の造像と考えられていますが、火災にあった痕跡が見当たらないことから、法隆寺再建までは、別の寺院に祀られていたと考えられています。

 

<画像の説明>法隆寺6号壁阿弥陀三尊のクローン



 釈迦三尊像は、現状では、脇侍の両腕から体側に垂れる天衣が、釈迦如来に近い方が長く、遠い方が短くなっています(*2)。釈迦如来の陰に隠れる天衣を長く作るのは不自然、実際光背と像の取付け穴が上手く合わないため、左右逆に安置したことが先行研究で明確になっています。そのため、本展示会では、左右の脇侍が元の姿に戻されています。これが、上記の質問に対する答えです。

(*1)‘群れなす(607)民に法隆寺’と私は覚えました。

(*2)脇侍は以降の像では、左右が鏡対象になっています。法隆寺のみは、左右が同形になっていますので、確認してください。阿弥陀如来の脇侍については下記に関連する項目があります。

 ➡鶴岡八幡宮と鎌倉国宝館にリンクします

 冒頭に述べた素心伝心で展示されたクローンの文化財について、下記に関連項目があります。

 ➡法隆寺中門と金堂について


 ➡敦煌石窟について
  (敦煌57窟については、次回述べさせて戴きます。)

<画像の説明>敦煌57窟のクローン


 ➡キジル石窟について

2017年11月12日