鞍馬寺毘沙門天(京都市) 主に鞍馬様(くらまよう)のこと

 奈良博の「特別展 毘沙門天―北方鎮護のカミ―」は、2020年2月4日~3月22日開催予定でしたが、今回のコロナウイルスの影響で館自体が閉館されたため、途中で打ち切りになってしまいました。残念です。捲土重来できないものでしょうか。



 今回の特別展では鞍馬寺の毘沙門天が紹介されましたので、再度鞍馬寺毘沙門天を取り上げてみました。もちろん毘沙門天は本HPのメインテーマですので、鞍馬寺毘沙門天については、詳細は本編(2.7幸福神としての毘沙門天)またブログ(鞍馬寺と由岐神社)にも紹介記事があります。そちらも、あわせてご覧ください。

 

 今回奈良博特別展で展示された毘沙門天は、右手に戟をもって、左手は額に当て、遠く南方の京都(平安京)を見守る姿をとるとされます。毘沙門天の最大の特徴で、他の仏尊との区別も付けやすい、仏舎利の入ったとされる宝塔は持ちません。この独創的な像容、眉をひそめた重厚な表情、そしてずんぐりした体付きには存在感がみなぎります。

 しかし、この有名な毘沙門天は、鞍馬寺の本尊ではありません。本尊は秘仏でもちろん私も拝ませて戴いたことないのですが、左手を上げて戟をとり、右手を腰に押しつける姿で、左右に吉祥天(*)と善弐師童子(*)を従えているそうです。宝塔を持たないこの様な様式の毘沙門天像は、日本では他に例は少なく、鞍馬寺の史料には、鞍馬様と記載されています。

 

 

 『毘沙門天儀軌』は、毘沙門天について記載された中国の仏典ですが、根本印として、「右押左叉」と述べられています。これが、右手を腰に押し当て左手に叉(戟)をもつ鞍馬寺の毘沙門天の像容に当たると、私は考えています。

 

 

 中国にも鞍馬寺本尊の像容は残っています。例えば、夾江(jiajiang)千仏岩107窟です。兜跋毘沙門天の3尊像です。左は吉祥天像です。右ははっきりしませんが毘沙門天、吉祥天の関係から禅弐師童子の可能性が高いです。夾江千仏岩は、他の石窟との関係で9世紀中頃の作品と考えられています。

<画像の説明>鞍馬寺 毘沙門天立像

奈良国立博物館特別展 「毘沙門天ー北方鎮護のカミー」図録より(一部画像補正しています

 


 

 

<画像の説明>夾江(jiajiang)千仏岩107窟

 

 

 鞍馬寺の左手を額に当てる像容は、鎌倉時代、鞍馬寺の火災後の補修の際に元の形に改修しようとしたが、技術的な理由で、この形にしか改修できなかったと考える人がおられます。しかし、寄進する庶民がもっと自分たちを見守ってほしいと懇願したため、仏師が以前の像容や経典の示す像容ではなく、このような形に改修したと考えるとロマンがあります。如何でしょうか。

 いずれにしても改修をした仏師の技量は相当なもので、今の形で違和感は全くありません。鞍馬寺が王城守護と庶民にとっては幸福神としてのファンクションを持つことのシンボル的像容として大成功していると思います。

(*)毘沙門天儀軌によると、吉祥天は、毘沙門天の妻、善弐師童子は、毘沙門天の第1子とされます。

2020年04月13日