2.6財宝神としての毘沙門天

 毘沙門天のファンクション(機能効能)を鎮護国家の守護神、国境を守る国境神と説明させて戴きました。日本では希薄ですが、毘沙門天の持つファンクションとして中国では、もう一つ実は財宝神としてのファンクションがあります。このファンクションは、インドのクーベラ(*)の持つ機能と被っています。

(*)クーベラ(或いはクベーラ)は、トップページでも紹介しましたが、サンスクリット語の’ヴァイシュラヴァス神‘の子を指します。’ヴァイシュラヴァス’を漢訳した際の音訳が、毘沙門天、意訳が多聞天であるとされます。また、’ヴァイシュラヴァス神‘の子は、クーベラ或いはクベーラ(サンスクリットの発音をカタカナで書くとこのどちらかが近いそうです。)は、財宝、福徳を司る神であるとされます。

 中国での実例として、甘粛省の安西楡林窟15窟は、8世紀後半から9世紀の吐蕃支配時代(*)、の壁画は財宝効果を持つ毘沙門天の姿を現しています。ここの壁画では、毘沙門天が、右手に宝棒、左手で宝珠を吐くマングースの首をつかんで半跏坐しています。マングースは、口から財宝を吐き出す存在です。宝塔を持っていないのですが、題記が残っているため、毘沙門天とわかるそうです。

*唐と吐蕃は、8世紀以降、河西地方の帰属をめぐって争いましたが、安史の乱(755-763年)以降唐の国内が不安定になり、隴右、河西地方(これらの地方は、現在の甘粛省)では、吐蕃の優勢が続きました。最終的には、851年に唐の張義潮が、河西地方から吐蕃勢力を駆逐しました。この間、河西地方でも、チベットが強勢を誇りました。

 もう一つ実例をご紹介します。大英博物館所蔵「兜跋毘沙門天および眷属図」です。五代時代947年敦煌請来紙本木版です。内容は、地天の上に立つ兜跋毘沙門天が、左側にマングースと火焔宝珠を持つ乾闥婆(けんだつば)を従える。乾闥婆は、毘沙門天の眷属(けんぞく(家来))で、マングースは、やはり財宝を吐き出す存在です。

 毘沙門天は、中国では、財宝神としてのファンクションをも、持ちました。このファンクションは、日本では希薄です。その代わり、日本では、12世紀以降、毘沙門天が幸福神としてのファンクションを持つようになりました。この幸福神としての機能が、七福神の一神に加えられる要因になったと考えられています。
 平安中期以降、日本人は、鎮護国家思想や財宝を吐くマングースより、自身の幸福つまり往生(極楽浄土に生まれ変わること)が何より重要と考えました。このような中で、鎌倉時代以降、毘沙門天=幸福神の信仰が京都を中心とした庶民の間で急速に発展しました。鞍馬寺はその中心的存在となりました。

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